親の大切さを実感してみた。やっぱり感謝だね!

 

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1983年生まれ、片田舎の町でごくごく普通の生活を過ごしてきた男。 幼少期から色恋沙汰に恵まれ、良くも悪くも恋愛にのめり込んできた人生だが、32歳で離婚を経験、その後の失恋続きで自分の生き方や人生を大きく見つめ直す事になる。 「人生しくじったダメ男が恋愛と自分磨きを通じて成長していく」ことを立証するため、また悩める人へ力を届けたいとの思いからこのサイトを開設。 第二の人生を模索しながら日々ブログを更新している中年若輩者。

[記事公開日]2017-5-22

[最終更新日]2017-10-6

 

~親の存在~

親の存在って何だろう?最近私はこう考える機会が増えました。

 

私がうつ病を発してもがいているとき、私は自分の両親にこれまでの本音をぶつけてみたことがあります。私にとっての両親とは今まで「邪魔者」以外の何物でもありませんでした。

 

私の実家は祖父の代から造園業を営んでおり、父がその家業を引き継いだこともあって、私も幼少のころから気づけば外に出て畑仕事(いわゆる百姓ってやつです!)をしていました。

 

物心ついた頃からそんな環境でしたので 「あぁ、自分は普通の家庭とは違うんだな」と思いながら過ごしていました。そんな両親に対して「こんな生活をさせやがって!恨んでやる!」とさ思っていた時期もあります。

 

そんなこともあってか私は自分の感情を表に出すことはあまりありませんでした。当然ながら、ほかの家庭ではやれ「クリスマスパーティーだ☆彡」だの「家族旅行で〇〇いったよ!」なんてことも我が家では無く、いまだに私は両親の誕生日でさえ知りません。(親父が確か元旦だったような……)

 

世間では同じような家庭は少なくはないと思いますが、私の地元ではあまりそういう家庭はなかったのです。

 

私自身もすごく《浮いていた》存在であったと思うし、そんな環境が恥ずかしかったのか周囲と比較して劣等感があったのか、自分の親に本心を打ち明けることはありませんでした。

 

~離婚でさえ親には相談しなかった私~

 

そんな私でしたが、親元を離れた大学生活以外、実家から出たことはありません。

それは別に寂しかったとか両親に対して何か特別な感情があったわけではないのです。

 

ただ単に<実家にいたほうがお金がかからないから>と考えていました。つまり、利用できるものは例え親でも利用しよう!と考えていたんですね。そんな考えですから、実家にいても親と会話することは1週間に1度あるかないか……

 

今思えば相当な親不孝者ですな(;^ω^)

 

さすがに私が結婚するときは世間体もあり出席してもらいましたが。それでも結婚することを伝えたのは式の3か月前!慌てて結納やらなにやら、「めんどくせぇなぁ…」と思いながらいやいやこなしていたのを覚えています。

 

私が離婚をするときも自分からは両親に話をすることはありませんでした。雰囲気を察した母が親父に相談をし、離婚届に捺印する2週間前にしつこくきかれ離婚の事実を話しました。

 

同じ屋根の下に住んでいながら今更ながらほんとに興味を持たなかったんだろうなぁと実感しています。

 

~親に感謝を覚えたとき~

 

私が親に何かを感じたとき、それは「これからの人生に一抹の不安」を感じた時です。

 

私自身離婚を経験し、付き合っていた彼女にもフラれ、これから先の未来に絶望に近いものを感じていた時、「一番身近に感じた存在」が両親であったからです。

 

私は気づくと自分自身の想い、体のこと、親に対してずっと考えてきたこと、全部打ち明けていました。

 

それほど誰かに助けてほしかったんだと思います。

 

その時父親は「お前自身の人生なんだから自分が思うように生きたらいい、家のこと家業のこと、そんなことに縛られる必要なんかないんだ」そう私に言いました。

思わず涙がこぼれました……

 

自分が<呪い>だと思っていたこの家の存在、私は長男でしたから小さいころから「お前はこの家の後を継ぐ人間なんだ」と言われ育ってきたことに永遠の束縛に近いものを覚えていました。

 

そんな私に思いがけない言葉が飛んできたとき「本当の両親は跡継ぎでも長男でもなく、自分という息子を常に必要としてくれていたんだ」と、初めて気づかされました。

 

あの時の言葉を私は今でも忘れません。

 

普段から口うるさく世話を焼くことしかしないおふくろ。

私のことには興味が無さそうにいつも自分を話ばかりをする親父

 

それでも自分のことをこんなに考えてくれいたことに、愛してくれていた事に私は本当の両親に対する感謝を実感しました。

 

親父は胃ガンが発見され、また母親も膵臓ガンの恐れがあるということでこれから先どれだけ親が生きていられるかわかりません。ですが私は初めて両親と向き合えたことに無上の感謝を感じています。

 

これから先自分が両親に対して何ができるだろう、どう接してあげることが出来るだろう……今まで<親のために>なんて考えたこともなかったので正直困惑していますが、生きていて、顔が見られるうちに家族のためになにか出来ることをしよう、今はそう考えられています。

 

 

世間の事は分かりません、ですが「子の幸せを願わない親」はそう少なくは無いのではないかと思っています。

 

私自身がそう気づいた事もありますし、同じ想いや境遇であった人たちに何か伝えられるものがあれば、私は素直に嬉しいと、そう感じています。

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